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zoom RSS ある「昭和受難者」の最期C 最初の苦悩

<<   作成日時 : 2009/10/22 20:18   >>

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第一號・山口亘利憲兵大尉がオランダ軍の軍事裁判により死刑判決を受けたのは、
昭和23(1948)年2月18日のことでした。

判決を受けた山口憲兵大尉は、「自分の命はあと2カ月だろう」と思い、
独房に入るや、隠し持っていた鉛筆で
奥さんに宛てた遺書を書き始めました。

「愈々(いよいよ)此の世から永久にお別れせねばならない事になりました」と。

読み返したとたんに急に涙が出てしまった・・・ということです。

山口憲兵大尉ご自身は、公判前にも覚悟していると周囲に語り、
自分でもそのつもりであったのだけど、
その覚悟も諦めも出来ていなかったことに
気づかされてしまったのでした


山口憲兵大尉の脳裏には、ただ自分の家族のことばかりが浮かび、
奥さんはあまり身体が丈夫でない方だったらしいし、
4人の子どもたちはきっと、「戦犯死刑囚の子」と世間から白い目で見られることだろう・・・。
自分だけが惨めならばまだしも、

自分の愛する家族にまで不幸を及ぼしてしまうと思うと、
耐えきれないと


そして、遺書さえも書くことができなくなって突っ伏してしまったということです。
こうした日が2・3日は続いたとのことです。

この部分の気持ちは、おそらく『世紀の遺書』を読むだけでは
なかなか察することが出来ないのではと思います。
『世紀の遺書』掲載の遺書は活字になってしまっているので、
よほどその人のことを知悉していなければ、
死刑の判決を堂々と受けられて、刑場の露と消える覚悟だった
だけで終わってしまうと思います。
今回山口憲兵大尉の書物に接したことで、
他の「昭和受難者」の方の文章もより深く読むことができたらと思います。

「泣いてはいけない」「部下を道連れにした」「家族はどうしているだろう」・・・
複雑な思いを抱えつつ、最期だけは立派にしたい・・・と何とか気を取り直してはまた落ち込む・・・。
こうした自分の心の奥と対峙しつつ、自分の思いを綴ったものであると私は受け止めたいです。

立場や階級こそ違え、皆そのような気持ちでいたことが、
この方の遺書「昇天行」(『世紀の遺書』375-383頁)の冒頭部分からも
察することができそうです。

原田熊吉・陸軍中将(1888−1947.5.28。陸士22期 陸大28期)です。

画像


※写真は、第35師団長(昭和15[1940]年)時代のもの。



この方は、今村均中将の後任として、ジャワの第16軍司令官を務められた方です。
私はいつか彼の功績を辿ってみたいとも思っています・・・。
インドネシアの軍政に力を入れて、インドネシアが独立できるように教育をしようとしたところ、
本土決戦のため、四国の第55軍司令官に転任。
そこで停戦を迎え、第16軍司令官時代の豪軍飛行士3名の殺害命令者として、
シンガポール法廷での裁判(イギリス・オーストラリア軍)で死刑判決を受けられました。

この方が生きておられたら、インドネシア軍政がどのようなものであったのかも
明らかになったはずなのに・・・残念でなりません。
原田中将の命令で実施された政策も敗戦によって抹殺されてしまった、と私は思っています。
資料もオランダ側にあるはずですが、閲覧の機会はあるでしょうか?
その際に資料を読めるだけの力が欲しいです。


原田中将は、「昇天行」の冒頭に浅野内匠頭の話をあげながら、
痛いほど内匠頭の気持ちに共感しつつも、

内匠頭のような精神的苦痛はただ一日にすぎなかった。
突発的だったから心の準備もなかっただろうが、
自分たちは相当長い間この苦痛を嘗めねばならない・・・。」


と書かれています。

本当に、死刑判決の翌日にでも執行された方が、
よほど精神的には楽かもしれません・・・。

こんな日があと何日続くのだろう。
もしかしたら、助かるかもしれない?
いや、そんなことはない。誰々だって何カ月で死刑執行されているではないか?
こんなことばかり考え続けてしまう・・・


「軍人なのに弱い」「自分の命令が罪に問われているんでしょ?」「部下もいるんでしょ?」
などなど、批判することなら簡単だと思います。

でも私は、自分の良心としてそのような見方をしたくはありません。
自分がその立場なら、もっと醜い姿をさらしていたかもしれない。
何か信仰を持っていたとしても、それは弱いことにきっと気づかされるであろうと。

おそらく、当事者となられた方こそ、読み手である私たちより以上に、
自分の弱さに向き合う苦闘があったはず。
「軍人は強くあるべきだ」と思いながらも、自分のそうではない面に向き合うことは、
自分で自分の心を切り刻む苦しみだと思います。

だからこそ、私は『世紀の遺書』掲載の遺書を読んで、
死に直面された方々の苦闘を少しでも察し、その姿から「人間」を学びたいのです。


原田中将は、昭和21(1946)年10月25日に死刑判決を部下参謀1名とともに受けました。
部下参謀が他のケースの人たちと昭和22(1947)年2月25日に絞首刑となったため、
「自分と同じケースの部下を見送る」苦難を経験されました。

3月5日に、木下敏・陸軍中将(第3航空軍司令官。陸士20期)と、
沼田多稼蔵・陸軍中将(南方軍総参謀長。陸士24期)に宛てた手紙が残っています。
(「原田熊吉中将遺書」池上本門寺編 複製が靖國偕行文庫にある)

おそらくこの字は、原田中将の直筆だと思います。

その中の一部分をご紹介します。

●戦犯刑死者の取り扱いについてお願い

画像


※史学科出ているのに、くずし字が読めません。
申し訳ありません・・・
でも、頑張って読んでみます。(読みやすいように、漢字の部分をひらがなに
書き改めた箇所があります)

「ついては過日直接御願い申し上げ候要件、すなわち
(一)戦犯死刑者と戦死者として取り扱ふこと

(二)死刑者の遺骸の處遇に関することの二件は
是非とも御尽力により目的の達成せらるる様
特に最後に当り、御願い申し上げ候(そうろう)
既に御別れの時期も日一日と近迫し来たりありて、
再び御礼及び、御別れの辞を・・・

● 原田中将の当時の気持ち

画像


現在は全く生ける屍の生活に徹し、前途
に毫末の望みもなく、唯一日速やかに常楽の境
地に到り、甚だ自由の活動を営み度く、日夜
聖明を仰ぎ、哀情を錚々するのみに候

● 手紙の最後の和歌

画像


君のため はなとちれりと 世に宣べよ
海をわたりて かへる みつばめ


合掌

この思いは、「昭和受難者」だけでなく、まだ祖国に戻ることができない
方々(遺骨でも)の共通の思いでしょう。
どれだけ、その思いに報いているのだろうか・・・。

話を山口憲兵大尉に戻しまして・・・。

彼自身は、何とか修養につとめようと坐禅を組んではみたものの・・・という状況に、
第二號・穴井秀夫兵長が独房にやってきたことを知ります。
山口憲兵大尉は、周囲から「気の弱い男」と見られてきた穴井兵長を
何とか慰めようとするのですが・・・。

それについては次回のエントリーで書きたいと思います。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

本当に軍人という務めは難しいですね。

軍人であると同時に一人の日本人・家庭人。公私両面があるということを周囲の人は忘れがちです。

悪い意味で勇ましい方(匹夫の勇)ほど、実情を度外視した言動を好むような気がします。

次の記事も期待しています。がんばってくださいね。
うさぎの耳
2009/10/22 20:38
うさぎの耳様
応援ありがとうございます。何とか英霊の皆さまの見えざる力をお借りして、書いていきたいと思います。
山口憲兵大尉のことを書いているつもりが、いつしか原田熊吉中将のネタになっていることに気づきました。原田中将の遺書も靖國神社でコピーさせていただいたのです。直筆だと、その人の心がより伝わってくるように思います。
原田中将という方の肉体はこの世にないけれど、精神は存在しているのかもしれないと今回改めて史料を見返して感じました。
>悪い意味で勇ましい方(匹夫の勇)ほど、実情を度外視した言動を好むような気がします
本当にそう思います。でそういう人の声の方を受け入れてしまいやすい人間の弱さもあることを!
鉛筆からケータイ、パソコンに慣れた私には、くずし字や当時の言葉遣いとか知らないことばかりです。これをきっかけに私も学ぼうと思います。歴史は断絶などしていない!と。
章姫
2009/10/22 22:27
そして、原田中将が、シンガポールに拘留されていた沼田中将(戦犯ではない)たちに
「(一)戦犯死刑者と戦死者として取り扱ふこと」とお願いしているのを直筆で見てしまった私は、「この人たちの気持ちを大切にしてほしい!(靖國神社を政争の具にしてほしくない!と強く思います)
章姫
2009/10/22 22:34

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