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zoom RSS 上原勇作元帥と「U隊長」

<<   作成日時 : 2009/08/20 17:03   >>

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前々回の最後に、軍装姿(残念ながら少将のものだけど・・・。写真の向きとかで
ちょうど合うのがこれだったので・・・)の田母神空将の画像をのせてみました。

この軍装についても、調べれば調べるほど、いろいろ深いものがあるようですね。

九段会館や靖国神社の行事の際にこの軍装姿で出席される方を見たことが(近くを歩いていて)
あります。

明治〜大正ごろの将校のなかでも、オシャレな人たちもいて、
襟の金モールをゴテゴテと細い模様にしたり、袖章を大きくしたり、上着を長めに作って
いたらしいです。
上衣の長さは、服装規則で、赤白の飾帯の下、何寸ときまっていたのだから、
もちろん、服装違反になるはずです。

それをいきなり、この動画のごとく!?取り締まった人がいました。




※「ぼくらの七日間戦争」より。80年代の中学校ではよくあったようです。
私自身もこの時代に中学生でもあったけれど、そこまで厳しい学校ではありませんでした。
この映画を初めて見たのは、通っていた中学の視聴覚室だったぐらい。
他の生徒たちが公立高校の受験に行っていた時、私は行きたかった私立高校に不合格となり、ショックのあまり第二志望の公立を受けにいく意志を失いました。
(で、何となく第3志望の学校に行くこととなりました)。
公立を受けない生徒は、学校の視聴覚室に集められ、この映画のビデオを観たのです。

※章姫は、「オン・ザ・まゆげ!」といって生徒の前髪を切った先生役の
佐野史郎さんはすごい役者だと尊敬していました。
特に「ずっとあなたが好きだった」で冬彦さんをやったとき。
彼がおかしくなったときのセリフはほとんど暗誦してました!(バカ)

話を戻して・・・

この方です

画像


上原勇作(うえはら ゆうさく 1856−1933)という人です。

日本史の教科書には
「1912(大正元)年末、2個師団増設が閣議で認められなかったことに抗議して
上原勇作陸相が単独で辞表を大正天皇に提出し、陸軍が軍部大臣現役武官制をたてに
その後任を推薦しなかったため、西園寺内閣は総辞職に追い込まれた」と登場しています。
(山川出版社のもの)

☆大学受験の社会を日本史で受ける方々。「軍部大臣現役武官制」の変遷については
文章で適切に書けるように理解しておくとよいかもです。

1900(明治33)…制定(第二次山県内閣)
1913(大正2)…現役規定解除(第一次山本内閣)
1936(昭和11)…現役規定復活(広田内閣)

このようにあるテーマについて、流れを単語帳なりノートに書いておいて
見るようにするのも、ひとつの日本史学習法かなと思います。
「あれ?この用語と似たようなものは前に出てこなかったかな」と思うくせを
つけておくことも一つです。
歴史の事象はバラバラでなく、どこかで相通じているものだからです。

話を上原元帥にもどしまして

彼がある時、特命検閲使として、部隊の検閲に出かけたそうです。
彼が馬からおりると、立物鋏と物差しをもって、将校たちの前に立ち、
正装の上衣の下を切り取ってしまった・・・という。
この人、ハイカラが大嫌いだったらしいです。
その個人的意志を実行する強さは半端ではないと思いました。

出典は

三宅坂―軍閥は如何にして生れたか (1952年)
東光書房
松村 秀逸

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です。著者は何と、武藤章中将の後輩(同じ熊本幼年学校から陸軍)で、武藤さんと
仲が良かったらしいです。(陸軍士官学校第33期。武藤は25期)

この本の著者・松村氏が2番目に見た大将が、この上原元帥だったということでした。
上原元帥が熊本幼年学校に来るというので、学校内はてんやわんやで、
いつもより清掃を徹底したりと(これは今の学校でも変わらない・・・)
子ども心に「なぜエライ人の検閲のときにお化粧をするのだろうと疑問でならなかった」と
いうことです
(私もそう思ったことはたびたびです・・・。今も昔も変わらないなあと

上原元帥は、幕僚を従えて幼年学校の教室に入ってくるや
「そこの生徒、横目をつかった」
「第3ボタンがはずれている!」

あと、誰がみても服装には問題がないと思われた生徒をいきなり怒鳴りだし、
周囲の生徒に「どこが悪いか」と質問をされました。
誰もわからなかったようです。
当時の陸軍幼年学校長でも・・・。

すると、「ここだ」と一言
右の方のポケットが、左の方より大きくなっている。もし、この生徒が将来軍司令官などになったら
兵隊たちが片方のポケットだけ大きくしていたらおかしいものじゃないか!」


どうでもいいじゃないか・・・と思うのですが。

この話から私の頭の中で関連付いたのは、田母神空将の著書

自衛隊風雲録
飛鳥新社
田母神 俊雄

ユーザレビュー:
卑怯者の弁田母神氏は ...
激オモ田母神さんの本 ...
自伝としても、組織論 ...
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の82頁あたりから登場する「U隊長」です。

あの田母神空将を(といっても若い頃だけど)、3時間45分怒鳴り続けたという方です。

一時間目は、「お前はクズだ」と人格攻撃をし、
二時間目以降は、その説明に入ったので、田母神空将は、それに対して
「きちんと小隊長と相談したうえで処置したのです」と反論されたらしい。
そうしたら
お前のそういう態度が生意気なのだ!」
と言われ、さらに怒声が大きくなっていったということです。

・・・3時間45分も怒鳴り続けて、この方喉が痛くならなかったのかなあ・・・?
怒るというのは結構体力も消耗するものだけどなあ・・・。

このU隊長は、毎日誰かを怒鳴っていたらしく、有名人だったということです。
パワハラと言われそうなものだけど・・・。

でもおそらくこのU隊長も、上原元帥も、敢えて「嫌われ役
オヤジ」の役を
買って出ていたのかなと思います。

田母神空将は、U隊長について
「ある意味、部隊をより軍としてあるべき方向に変えたのも事実」と書かれています。
だから、単なるパワハラでなく、きっと自分にも他人にも厳しく、
意志が強い隊長さんだったのかなと思います。

このへんのさじ加減が難しいと思うのですが・・・。
ある意味、自衛隊ならば、まだ通用する雰囲気があるのかもしれません。

怒ったり、注意したりするのって、結構パワーがいるものなんですよね・・・。
私は苦手です・・・。(ヘタレ

でも考えさせられました・・・。

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

力作を上梓されましたね。

自衛隊でも「雷親父」のような人は少なくなったと思います。

本気で組織のため、隊員のために怒り、愛し、行動する人はあまりいないような・・・

結局、大過なく定年まで勤められればいいのかも。
うさぎの耳
2009/08/26 20:09
たびたびすいません。

このページの背景はとても素敵ですね。

番傘と水風船がいいです。
うさぎの耳
2009/08/26 20:11
うさぎの耳様
ありがとうございます!
背景はハイカラ(上原元帥が大嫌いだった!)を意識してみました。
自衛隊でもそうですか・・・。
方向こそ違え、私も「事なかれ主義」「迎合主義」の世界におり、そのうえ「資本主義」までもが入ってきて混乱した世界におりました・・・。
おっしゃる通り、定年まで行けば、双六の「上がり!」なんでしょうね。どちらも・・・。
私の世界は「飲む(鬱の薬を)、うつ(うつ病になる)、買う(宝くじに大あたりしたらその職をさっさと辞める」という言葉があります。それでもいいかと思います。だって、江戸時代は寺子屋で、庶民もしっかり生きていくための教育を受けていたんだから。そんな中で、雷親爺も復活することでしょう(希望)
章姫
2009/08/26 20:25
「上がり」で上々なのです。

佐藤空将も仰っているようにOBも遊びに精を出している人が多いですし。

平時の軍隊はそういうものだと思います。

章姫様が寺子屋を開かれたらいかがでしょう?

歴史がメインで江戸作法をついでに教えるとか。心身ともに美しい人が生まれると思います。
うさぎの耳
2009/08/27 07:55
>歴史がメインで江戸作法をついでに教えるとか。
「江戸しぐさ」ってやつですか?
実は私のかつての専門は平安時代だったので江戸時代はあまり詳しくないのです・・・。
あとでいろんな本を読むと、江戸時代の庶民は逞しいですね。ゲームがなかったので、暇な時間に和算の問題を解いていたとか、自分を守るために文章力をつけようと寺子屋に通っていたとか・・・。山下奉文大将が最期に言われているように、学校教育に頼りすぎないようになればいいのに。そして自衛隊を何かと文句言いながら、結局は自衛隊頼みとなっている状況とも似ているように思います。本当に意志を持つこと、持ち続けることの大切さ(自戒も込めて)必要だと思う今日この頃です。
章姫
2009/08/27 21:02
正に庶民の強さですね。

和算や文書能力の向上にいそしむというのは現代の人でも難しいかもしれません。

教育に関して、何でもかんでも学校に任せよ!というのはおかしな話ですね。

学校は善悪抜きで、勉強の技術などを教え込むところかと私は思います。具体的には他人との約束を守るとか(宿題),期限を守る,自分が好きでないこともすることなどかと。

「善悪」が抜けているからこそ、要注意なのかもしれませんね。人が人らしくあるためには善悪という衣装を着る必要があると思います。
うさぎの耳
2009/08/30 15:46
>学校は善悪抜きで、勉強の技術などを教え込むところかと私は思います。具体的には他人との約束を守るとか(宿題),期限を守る,自分が好きでないこともすることなどかと。

本当におっしゃる通りです。

実は山下大将が生きていた頃から、「学校教育任せ」の気配があった、ということですよね。
それがさらに加速して現在に至る・・・。
でも、江戸時代の庶民の強さもあるのだし、
意外に学校が無くなってしまった方が、却って自立心が育めるのではと思うのですが・・・。
子どもたちは、何でもお膳立てされるのに慣れているため、時間の使い方が分からないようです。保育園・幼稚園からはじまって小・中・高・大までそういう傾向は続き、最近、ある大学では何と保護者会まで開かれるようになったと知りました。驚きました。
こんな時代だからこそ、かつての江戸時代の教育などの中で現代に活かせるものをと考えてもいいのではと思っています。
江戸庶民は何としたたかなんでしょう!これぐらいの「生きる強さ」を持ちたいものです。
そのために生涯勉強!ですね。
章姫
2009/08/30 19:51
こんばんは。

>実は山下大将が生きていた頃から、「学校教育任せ」の気配があった、ということですよね。

そうだと思います。大半の方は、学校に「子育て」も任せてしまっているのかと。

我が子を育てることを「学校の先生」という他人様に肩代わりしてもらっていいものでしょうか。子の人生ではありますが、親の人生でもあるはずです。

と私は思います。

アメリカ人の保守層の一部は、学校教育を拒否して子弟を自ら教育するそうです。

曰く「学校は価値を否定して子をダメにする」ということだそうです。

章姫様が仰るように「自分でやれ!」と言ったほうが自律・自立するのかもしれませんね。
うさぎの耳
2009/08/31 20:38
>「自分でやれ!」と言ったほうが自律・自立するのかもしれませんね。
今の学校教育は何でもお膳立てしすぎと思います(本当に「ここまでやる?」というところまでやります)。そのためか?子供に生気がなくなっていると聞いてます。何でも人任せでいいのかな?と。一見子供が自主的にやってますよ、的な演出が多いですね。そして(M教授のような)「口舌の徒」を育てているのではないかと感じてしまいます。
何かの記事で読みましたが、日本人の中でも中国のエリート校に入れる人がいるのだとか。
そちらの方がかえってよく育つのではないかなあとかつて同業者の友人と話したものです。
上原元帥は薩摩閥と言われている方です。郷中教育を受けたわけではないらしいけど、そういう教育が見直されてもいいのではないかと思います。
章姫
2009/08/31 22:24
仰るとおり、藩政時代に行われていた地域での教育を見直す時期なのかもしれませんね。

馬○が多いと、藩自体が立ち行かなくなるわけですから、必死だったと思います。

「可愛い子には旅をさせろ」は真実のようです。

うさぎの耳
2009/09/05 17:13
そうですね。武士も庶民も、○鹿だと生きていけませんでしたから必死だったようですよ!庶民も、他人に騙されないよう、そして自分が悪事を働いた時のいいわけを的確に表現するために文章力を磨いていたというし・・・。
化政文化ってやたら覚えないといけない語句が多いですが、それだけ皆が勉強熱心だった!ということだと思います。
>「可愛い子には旅をさせろ」
本当にそう思います。パックツアーではいけませんね!
章姫
2009/09/05 23:29

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