ある「昭和受難者」の最期⑤ 素朴で純情な男

山口憲兵大尉は、何とか自分の運命を受け入れようと、坐禅を組んではみたものの、
10分と続かなかったとのこと。
当然「無我」の境地になど及びもつかず、初めて信仰を求めている自分に気付いたということです。

画像


☆死刑囚独房の内部(山口憲兵大尉筆)

当時ク―パンで戦犯容疑として拘留されていたのは40名で、
山口憲兵大尉が死刑判決第一號ということでしたが、
その隣室にはすでに特務機関の曹長が拘留されており(のち減刑)、
隣室との話は禁止されていたので、天井の金網を通して手紙のやり取りをしていたとのこと。
その曹長の部屋に、第二號・穴井秀夫兵長が入ってきました。


穴井兵長は、曹長の部屋に入るや否や、取りすがって泣き出してしまいました・・・。

これには曹長もびっくり。

「死刑判決を受けたのか?」と聞いたら、まだ求刑のみ。


曹長殿がこれまで20日の独房生活でどんなにか苦しい思いをされたかと思うと
が止まらなくなってしまった
」ということでした。

・・・穴井兵長、何て心のやさしい人なのでしょう・・・。

だから曹長は、
「もし穴井君が死刑になったら、気の弱い男だけに心配でなりません」
という通信文を山口憲兵大尉に送ったのです。

・・・そんなに心配されるほど、「気の弱い男」と周囲からみられていた穴井兵長。
大分県の貧しい農村育ちで、あまり要領もよくなくて、
今までの軍隊生活でさぞ苦労が尽きなかったことでしょう。

 その穴井兵長は3月上旬に死刑判決を受けてしまいました。
5つの事件を起訴されていたので、彼の減刑は難しいだろうと、
軍法の知識もある山口憲兵大尉は思いました。

※穴井兵長の上官の命令で実施したという件は、
命令者の上官がマラリアで死亡していたので、部下として起訴されたということです。

「バンタル島を二人で受け持ったのですが、
時々空襲があったりして土民(インドネシア人)は山に逃げ込むし、
敵が上陸してくるかもしれんというので一生懸命やったんですが馬鹿を見ました」

という文章から、
バンタル島における現地民殺害」の罪で判決を受けたのだろうと思います。
 
山口憲兵大尉は、自分は穴井兵長よりも年上で、
階級も上である(下士官と憲兵将校)だから、
穴井兵長を何とか元気づけてやらなければと、
自分とともに死に当たっての覚悟を早く持たせた方がいいと思い、諭そうとします。

「穴井くん、毎日何をしていますか。
お互い何とかして助かりたいと思うけれど、
死刑判決を受けた以上は覚悟を決めて遺書を書いて置きなさい。
最後は敵国人に笑われないように立派に死んでいきましょう」

・・・2・3日経ったが、穴井兵長からは何の音沙汰もありませんでした

山口憲兵大尉は、再度試みます。

「穴井くん、人間には天命というものがあって、
それはどうにもなりません。私たちは不幸ですが、物事は考えようです。
たくさん戦死した穴井君の戦友たちを思えば、
今まで生きていたことは神に感謝しなければいけません・・・。
穴井君は何を考えていますか。返事をください」

・・・さらに2・3日経ったが、また何の音沙汰もありません

それでも山口憲兵大尉は諦めず、
「キリストは32歳、吉田松陰は30歳でともに立派な最後を遂げています。
穴井くんもすでに30歳の立派な青年です。
私たちもキリストや吉田松陰に負けない意気と矜持を持って
オランダの兵隊たちに『日本人を見直した』と言わせるぐらいの元気で最後を飾りましょう。
・・・穴井くんは一日をどのようにして過ごしていますか?返事をください。」


・・・相変わらず穴井兵長からの返事は来ません

・・・山口憲兵大尉はついにしびれを切らし

穴井くん、どうして返事をくれないのですか?
私の言うことが間違っているなら意見を聞かせてください。
私の書いたものが下らないのなら、今後は何も言いません


と書き送ったところ、ようやく穴井兵長から返事がきました。

それには、

淋しい独房に一人でいると、悲しくて仕方がありません。
毎日二人が助かって国に帰れるよう祈っています。
何とかして助かりたいものです。
大尉殿(山口)に書いていただいたものを毎日読んでいますから、
これからもいろいろ教えてください。
返事を差し上げなかったのは私が悪かったのですからお許しください。
タバコがなかったら送ります


※穴井兵長は、愛煙家だった。
オランダの衛兵に見つかって怒鳴られても、
何一つ楽しみのない独房でタバコだけが唯一の楽しみです。
タバコを止めるぐらいなら死んだ方がましです


と言って止めようとはしなかったのでした。

あと数カ月もしたら銃殺されるのに・・・。
そうまでしてもタバコを吸って残りの生命を楽しみたいという穴井兵長。
何と素朴で純情な男なのだ!」と、山口憲兵大尉、
思わず自分の持っていた残りのタバコとマッチを投げ込んでやったのでした。

3月末のある日、山口憲兵大尉は、穴井兵長と同じ房に移され、一日話をしました。
穴井兵長は相変わらず
「二人が助かるよう祈っています」とばかり。

それに対して、

「死刑判決を受けた以上は、助からんものと覚悟せねばなりません。
・・・日本も世界列強相手に四年近くも戦ったのです。
我々も軍人として「さすが日本人!」と感心させるぐらいでないと、
せっかく日本は強いと威張っていたのが馬鹿にされます。
どんな立派な人間も最後が見苦しいと価値はゼロになります。
乃木大将のように腹を切ることは中々出来ませんが、
私たちは銃殺(オランダ軍管轄地域の処刑方法は銃殺)ですから楽なものです。

黙っていても殺してくれるのですから

病気で苦しんで家族にまで愛想を尽かされて死ぬことを思えば、
「天皇陛下万歳」といって勇ましく死んでいく方がどれだけ男らしいか。
穴井くんがもし帰ったとしても、大して金持ちにはなれなそうだし、
貧乏して一生苦しんで、死んだら小さな墓石がちょっと置かれるだけです。
ここで立派に死んで行ければ、将来必ず靖国神社に祀られるし

『嗚呼 穴井秀夫の墓』と立派な大理石の碑が建ちます。
私は助かるようにと考えていません。
どうしたら立派に死んで行けるかを考えています。
私たちは自分より不幸な人のことを考えましょう。
シベリアに引っ張っていかれたら死刑以上に苦しんで死んだかもしれません」

それに対して穴井兵長は

「そう言われればそうです。
私の村でも日清・日露戦役で死んだ人の墓はとても立派です。
村一番の金持の墓より戦死した人の墓の方が立派です。
あんな墓を建ててもらえるならば、諦められます

福岡郷友連盟のHPによると、

ようやく、地方自治体に丸投げされて荒廃していた軍人墓地も
国が管理する方向に向きそうでもあるのですが・・・。


穴井兵長は、大分県出身で、父母と妹との四人家族でした。


耶馬渓にはバスで日帰りができるというぐらいのところに住んでいたそうです。

「今度助かって帰れたら、案内しますから是非来てください」

「この世ではとても行けそうもないから、あの世でゆっくり見物にまいりましょう」

☆穴井兵長のために、youtubeから耶馬渓の動画です。



ある日、穴井兵長から
大尉殿は悲しいことばかり言われるので泣けてしかたがありません。
どうか助かるように神様に祈ってください。今まで通り大尉殿を頼りにしています


と言われた時、山口憲兵大尉は、

自分はある程度諦めがついていることはある意味幸せかもしれない、
でも穴井兵長のように、人間の真情を訴える姿もまた尊いのではないか。
人に笑われないように死ぬなどというのは自己欺瞞で卑怯だ。
穴井君の手を取って共に三途の川を渡ってやりたい


という衝動を覚えたそうです。

・・・穴井兵長も正直だけど、山口憲兵大尉もまた、正直な方だと私は思いました。
穴井兵長が最初のころ、山口大尉に返答できなかったのも、この辺にありそうです。


ある日、穴井兵長は、「ああ誰が故郷を思わざる」という唄を歌っていました。




ところで、先日、私は「昭和を語る会」で
臼井小五郎・日本郷友連盟常務理事(防衛大学校第七期ご卒業)が
「歌は世につれ、世は歌につれ」というテーマで
昭和20年代の流行歌とその背景を発表されたのを聴く機会に恵まれました。
臼井さんは、本当は昭和10年代のそれを伝えたかったとおっしゃっていたのですが、
もしかしたらこの歌は臼井さんのレパートリーの中に入っているのでしょうか?

もし入っていたなら、穴井兵長もあの世から喜んでいるのではないかと思います。

本日(11月8日)は「昭和を語る会」の会合に出席しました。

そこで、当の臼井小五郎・日本郷友連盟常務理事に

「レパートリーに入っていますか?」と
うかがったところ、

入っている」とのことでした!

穴井兵長、良かったですね!


私もこの時代の歌をあまり知らないのですが、メロディーの断片ぐらいは耳に
したことがあるものもあります。
・・・こういう歌を知っている人は、なぜか私の周囲には多いのです・・・。

3月22日に死刑囚第三號・西條文幸警部が入ってきました。
彼自身も病気を患っており、老母と妻と子ども六人抱えている身でもあるため、
何とか助かりたいと思っていたけれど、四月上旬に死刑判決。
西條警部もかなりショックを受け、数日話が出来ないぐらいでありました。

そして四月二十九日天長節に、第四號・前田利貴・陸軍大尉が死刑判決を受けました。

この記事へのコメント

うさぎの耳
2009年10月31日 07:50
おはようございます。

穴井兵長の気持ちは本当に素直ですね。

少しでも心理的負担をやわらげたいと思う山口憲兵大尉の気持ちもよくわかります。

平穏無事に過ぎていく時世なら、平穏に暮らしたいもの。ただそれができない時世もあります。

その時世に倦むことなく、自らの守るべきもののために戦った人たちとの約束

「靖国で逢おう」

を忘れてはならないと改めて思いました。

ありがとうございました。
2009年10月31日 19:51
うさぎの耳さま
こんばんは
穴井兵長・山口憲兵大尉の対話からは本当にいろんなことを学んでおります。
生きてきた背景の違いとか靖国に対する思いなど。山口憲兵大尉のような方は、今でもおそらく「頼れる兄貴」的立場なのでは?と思います。自分が弱い時に助けてくれそうな・・・。
穴井兵長的立場の人については、あまり注目されることも少なかったように私は思います。
(私も前田大尉とともに処刑された兵長ぐらいに捉えていた)今回読み返して、その素直さに接することができました。靖国神社に祀られている神様たちの生前のドラマは「宝」だと思っています。少しずつ学んでいきたいです。
うさぎの耳
2009年11月02日 17:23
章姫様

こんばんは。夕暮れも早くなりました。

>靖国神社に祀られている神様たちの生前のドラマは「宝」だと思っています。少しずつ学んでいきたいです。

仰るとおりですね。英霊の如く精神を高めたいという想いは叶えられると思います。

私も常に学んでいきたいです。

2009年11月03日 21:04
うさぎの耳様
こんばんは
今日は寒い一日でしたね・・・。
英霊の姿を学ぶために、本当に軍事知識は必要だなと思っています。
特に私のような軍隊経験のない人間は・・・。
「経験のない」ことを認めて教わることを心がけたいなと思ってます。
本当にわからないことだらけなので、いろいろ教えてください!
(その前に孫子読まなきゃ・・・と思いつつ積読状態・・・)
うさぎの耳
2009年11月05日 20:36
こんばんは。

雪が降るなど寒い日が続きますね。

学ぶことに時間をおいてはいけないと古人も盛んに言っていますね。

明日、来年があるとは限りませんし・・・

読書は暇より心掛け 1日1頁侮り難し
(読書は暇だからするものではない。心がけとして行うもの。1日1ページでも読み続けることはいづれ大きな差を生み出す)

噛み締めるべき言葉だと思いました。
2009年11月08日 22:31
こんばんは

>読書は暇より心掛け 1日1頁侮り難し
(読書は暇だからするものではない。心がけとして行うもの。1日1ページでも読み続けることはいづれ大きな差を生み出す)

噛み締めるべき言葉だと思いました。

本当ですね。
私も心がけたいものです。
こういう歴史関係のことをネタにしているので、自衛官OBの方の話を伺ったりするときに
よい質問ができるよう、精進です・・・。

この記事へのトラックバック