教育総監部の「スタンプラリー」

私が日頃ご教示いただいている方の一人「うさぎの耳」さまのブログ

「航空自衛官になりたい人」のこの記事には

自衛官の日常がどのようなものかが紹介されています。

http://koukuujieikan.seesaa.net/article/173319863.html


自衛官もまた、日本国家の行政機関の一つとして、煩雑な事務業務があるとのこと。

となると、なおのこと

「ホウ・レン・ソウ」

が大切になってくるのでしょうね。



独断専行はいけません。組織ですから!
命令の出し方や文言などについて、特に幹部自衛官ともなれば、
学ぶのだそうです。
それは、当然のことながら、私などからすれば

「わからない」

ものらしいです。

ともあれ

上官の意図を汲んで、きちんとした事務を執れる人が優秀な方ということに
なるのでしょう。

企業でも役所でも・・・。

そこで、今回は、陸軍の軍隊教育や編制などを担当する役所であった

教育総監部」のある日の一コマをご紹介したいと思います。

この教育総監部は、私の名前に一字いただいている武藤章中将が、尉官~佐官になる頃
(大正~昭和初期)にいた部署であります。

武藤章中将といえば、すぐ「陸軍省軍務局長」とイメージする方がいらっしゃると思います。

武藤さんが陸軍省に勤務するのは、二・二六事件前後と大東亜戦争開戦時の二度でした。

あまりにも昭和史の中で大きな事件でもあったので、武藤=陸軍省と思われがちなのだと
思います。

そんな武藤さんですが、実は若い頃は、教育総監部で

根気と地味

教え込まれていたのだそうです。

若き武藤さんに「根気と地味」を教え込んだ上官の一人が

この方です。


画像



西尾寿造(にしお・としぞう)大将(1881-1960)です。

武藤さんが教育総監部にいた時は、大佐で第一課長でした。

和服を着ていると軍人には見えませんね(昭和16年時の写真)。

この方は、昭和18年に新聞記者に
「そんな小さなことは、あの塵箱あさりをしている男に聞け!」といったことで
陸軍をクビになったのでした。
結構毒舌で、批判的なのを自覚しており、

日常いかに人と口をきかないか
を実行していたらしいです。

この方はとにかく、完璧を求め、誤字脱字を絶対に許さないという方でした

そして、精励恪勤であったので

自ら模範を示し、残業もいとわない方でした。

(こういう人が上司だったら、胃が痛くなりそうだ・・・・)

この方が教育総監部第一課長に在職した2年間で、何と

すべての典範が改正できた!ということでした。

しかし、部下たちはいつも西尾課長を恐れていたのだそうです。
あの武藤さんでさえ、あまりの忙しさに体調を崩し

入院するにいたったほどでした。

後年の武藤さんは、フィリピンで鼻風邪ひとつひかなかったのは
きっと、このときの免疫があったのかもしれません。


西尾課長は、眼光紙背に徹し、なかなかハンコを捺してくれません・・・。
(もちろん、一度ハンコを捺した書類は、陸軍大臣も認めるぐらい立派なものと
評価されてました)

そこで部下たちは、「西尾課長からいかにしてハンコをもらうか」を考えたとか。


西尾課長からハンコをもらいやすい時間を誰かが発見したらしいです。

それは何と、「昼食前

西尾課長も人間なんですねぇ・・・。

時間が切迫しているときは、この手でハンコ取りをしたとのことです。


西尾課長は、2年間で典範をすべて改正した能力が評価されて

めでたく少将となり、旅団長に任命されました。


その時の教育総監部での送別会での一コマ


部下たちは、典範の原則に通暁した西尾課長が教育熱心のあまり、
教育しすぎて部下が困惑し、離れていってしまって、
部隊長としての統率に影響をきたしてはいけないと思い、一言
進言をしようということになり、その役を、武藤さんが買ってでたとのことです。


今度課長は、めでたく進級せられて、平壌の旅団長に栄転されるが、

課長ご自身の明晰なる頭脳と、部下の頭脳とを同様に考えられ、あまりに厳しく

教育を急がれると、部下は恐れて逃げ回るでしょう



と穏やかにいったのだそうです。

そうしたら、この鬼課長は

旅団長になったら、なったときのようにやるよ」と言われました。


結果は・・・。朝鮮から聞こえてくる噂に

西尾旅団長があまりに厳しく質問されるので、大隊長以下が逃げ回っている


ということでした。



今も昔も変わらないですねぇーーーー。

しかし、事務業務をパッパと片づけられるような
明晰さがあるといいなあと思っている私は、
いつか、西尾大将のお墓参りをして、

「どうか西尾さんのような明晰さを身に付けられますように」と

手を合わせてきたいと思います。


参考文献 


軍務局長武藤章回想録
芙蓉書房出版
武藤 章

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この記事へのコメント

うさぎの耳
2011年01月15日 09:06
章姫さま おはようございます(^^)

「スタンプラリー」の記事化、お疲れさまでした!!!

昔も今も変わらない情景があることがよく分かりました。

それにしても教育総監部という官衙の存在はあまり意識されません。平時の軍隊の最大任務は訓練なのですが…
やっぱり目立つことのほうが好まれるのでしょうね(+_+)
2011年01月15日 21:19
うさぎの耳さま
こんばんは!

教育総監部は陸軍しかなかったのですよね。
大臣、参謀総長だけだと意見が割れた時に困るからということで、ここのトップを含めて「三長官」としたという話を聞いたことがあります。
このことがマイナスに作用したという部分もあるという意見もわかります。
しかし、私はこの三長官制度だったからこその利点もあったのではと思います。
軍政・軍令で対立した場合でもしっかり日常訓練を統括する教育総監部としての意見をだすことで冷静さを取り戻すことが出来るとも思います。

そして教育総監部勤務時代の武藤さんは、何も役所にこもっていたのではないです。(他のひとも同じ)訓練の実施状況を視察しにあちこちに出張し、それを踏まえて書類作りをしていたのです。
「机上の空論」にならないように努力していた部分もまた見てほしいな、と思っています。
(武藤さんはその出張と書類作りでついにダウンしたのです)
うさぎの耳
2011年01月20日 16:40
章姫さま こんにちは(^^)

日も少しずつ長くなってきましたね。

理想と現実を踏まえた上での総監部勤務だったのですね。そういう方が要職に就任していると組織がうまく動き出しますね。

理想・現実いづれか一方に偏ることは、ある意味で「楽ちん」ですから、武藤さんは敢えて「茨の道」を選んだのでしょう。
 世間一般では、理想に走ると「現実逃避」と言われがちです。でも「現実」という名の現状に逃げこむことは「理想逃避」かと…「現実」といっても、その目に見えているのは自分の欲が絡むことだけですからね…

人間様は難しいですね(*_*)
2011年01月20日 22:09
うさぎの耳様

こんばんは。
今年は何だか花粉の量が多いそうで、今から恐いです・・・。関東はそんなに寒くはないような・・・。(自衛官の方も花粉症が酷い中で勤務に就かれる方もいると思います・・・お体には気をつけてください、と申し上げるのみです)

理想と現実の折り合いは、今も昔も難しいものですねぇ・・・。最終的には武藤さんも、そして山下さんも「茨の道」を選んでいるように思います。
フィリピンでこの両将軍に仕えた、当時まだ30代であった参謀たちは、「両将軍に仕えた1年が自分の青春のすべてであった」といっていたのを見て、酷い最悪な戦況の中でも、「一本のロウソクの光」になれるほどの包容力があったのだと思いました。
うさぎの耳
2011年01月23日 14:52
章姫さま こんにちは!

いよいよ花粉症の季節なのですね。十分に気を付けられてください(^^ゞ

「一本のロウソクの光」ですか…真に人間の力を発揮できた証だと思いました。理想と現実を合わせ持つ人だけが発揮できる力ですね。

理想に逃げ込まず、現実(現状)に逃げこまないという「折り合い力」というべき力を持つ人が多くなるといいです。
2011年01月27日 23:10
うさぎの耳さま
こんばんは

私は、この「一本のろうそくの光」のたとえ方が好きです。
初めてみたのは、K・リーゼンフーバー神父さま(上智大学名誉教授)が、「カトリック生活」なる雑誌の中で
「消極的な人生観や現実感を否定するためには、全体に対する否定的な判断が、一つの積極的な反対例によって崩れることを考えれば十分でしょう。より具体的に言えば、燃えているろうそくの一本の光は、宇宙全体の暗闇に打ち勝つのです。
つまり、一つの小さな善の体験でも、善さそのものや意義が存在することを証明しているのです」
と書かれているのを読んだことです。
私にとっては、折に触れて考えさせられる言葉のひとつとなりました。
こういう時代だからこそ、少しでも「折り合い力」つけたいものですね!
うさぎの耳
2011年01月29日 09:06
章姫さま おはようございますm(__)m

本日は全国で雪模様になるそうですね。冬らしい天候です。

K・リーゼンフーバー神父さまの言葉は真ですね。小さな一つの心意気かもしれないが、存在することは確実なのだということを。勉強になります!!!ありがとうございます!!!

卑近な例ですが、何かするにしても「成功するのは一部」として、何もしないことがあります。確かに「成功」は一部ですが、成功者がいることも事実です。ならば、自分が一部の人間になる努力をすればいいのでは?と思ってしまいます。
 この例は「現実に逃げこむ」という意味での「現実逃避」だと私は思います。「自分が何をしても変わらない」などと思わずに「自分の見方が変われば世界は変る!!」ということに気づく人が増えるといいですね。
 夢はない、現実もないという2重の意味での「現実逃避」の生活は絶望の世界だと思いますが…

心明るく、理想も現実も合わせて頑張りましょう!!


2011年02月07日 21:08
うさぎの耳様

こんばんは

リーゼンフーバー先生の言葉は、本当に私にとっても折に触れて力となっています。
(直接お会いすると、声が小さいので何を言っているのかわからないのですが・・・。)
こうして活字で読むと、何かのときにふっと残るような言葉があります。

>卑近な例ですが、何かするにしても「成功するのは一部」として、何もしないことがあります。確かに「成功」は一部ですが、成功者がいることも事実です。ならば、自分が一部の人間になる努力をすればいいのでは?と思ってしまいます。
 この例は「現実に逃げこむ」という意味での「現実逃避」だと私は思います

今のような時代、多分多くの人が、何かの成功本を読んで「自分もこうなれる!」、また逆に「私には無理」と思うことがあると思います。私などは成功本、雑誌大好きです・・・(実行できてはないですが)。
そんなときに、リーゼンフーバー先生はこうおっしゃいます。
「人生を深め充実したものとするには、単に努力するだけでは足りない。何よりも大切なのは、その都度心に与えらえる自らの発展の可能性に気づき、それに注意深く従っていく態度である・・・」と(『内なる生命』聖母文庫)。
本当に、心明るく、自分の今の状況を受け入れられるよう頑張りましょう!


うさぎの耳
2011年02月09日 11:35
神父様の言葉をメモ帳に頂きました!!

実行は時・処・位が絡みますから慎重にしないといけないですね。的もないのに弓を放つのと同じで無謀です。

また、心の健康の糧になる言葉を教えてくださいね。有難うございました(^^)

追伸 
世に言う「健康第一」ですが、この中には心の健康は入っていないようですね。心が健康でないと、どんな世界も暗く見えてくると思いますが…
2011年02月20日 21:41
うさぎの耳様

こんばんは

>この中には心の健康は入っていないようですね。心が健康でないと、どんな世界も暗く見えてくると思いますが…

本当にそうですね。

私も神父さまの言葉には、いつもではないですが、ふとしたときに力を頂いています。
神父さまのご専門は西洋中世思想で、この時期は西洋はペストや戦乱で救いも何も・・・という時代だったと思いますが、そういう中にも救いはあるという確信!?を中世の思想家と史料を通して対話をされて持たれたようです。
その姿勢を私は尊敬しています。

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