雪の朝に起きた一つの悲劇

今から75年前のある雪の朝、


この邸宅で悲劇が起こりました。



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『平成20年度特別展 二・二六事件の現場』より


「突然門をはげしくたたく音に目をさますと、
隣の床に寝ていた父は、つと身をおこして押し入れからピストルを取り出し

『和子はお母さまのところへいっておいで』

といった。


次の間を通り玄関近くで見つけた母は、おろおろしている
女中たちを気丈に指図していていて
私などには眼もくれない。
誰からも相手にされず、一方表の方はさわがしくなるばかりで、
私はまたもと来た道を父のいる寝間へと戻った。

もうそのころは兵士たちが正門を押し開けて邸内に流れ込み、
外から射ち込む弾丸が寝間まで達していた。

その間をくぐって父の傍まで来ると、一瞬困惑の態を見せたが、
すぐに目顔で足元の壁に立てかけてあった
らんたいのテーブルの後ろに隠れるよう
合図した。



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その時すでに父は身体を真綿のかいまきで
防弾のためにくるみ、手にはピストルを持って
やがて侵入してくるであろう兵たちと応戦の構えであった。

テーブルの後ろに身をひそめるや否や、
父の伏している身体の真正面の襖が細めに開いて
機関銃が据えられ射撃が始まった。
集中的に足を撃って動けなくさせてから、
数人の兵であろうか、青年将校もいたのであろうか、
飛び込んできて、
めいめいが手にした銃剣で父に切り付け、
発射するのを私は物陰から見てしまった。

彼らがとどめを刺して引きあげていったとき、父は血の海の中にいた。
すがっても呼んでも応えないので、その時急に悲しくなったのを覚えている。

その日のうちに父の遺体には白いほうたいが一面に巻かれ、
事件の起こった部屋の同じ位置に
床をとって安置された。

その朝までいっしょに寝ていた父であったせいか、死の実感がなく、
怪我をして休んでいるという気持ちがどうしても強かった時、
そっと父の額に手をのせて、その冷たさにようやく事実を感じたのであった・・・」


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最近、近代建築に興味を持つようになった私は、いつかこの邸宅を
直接見てみたかったのですが、残念ながら、今は取り壊されてしまいました

そして、ここに住んでいた、「教育総監」について
いつか書いてみたい、と思っていました。

その人とは

渡邉錠太郎大将(1874-1936)です。

私は、渡邉錠太郎大将のことも好きです。

彼についての評価もいろいろあろうと思うし、
彼の関与した事件についての評価もいろいろ先行研究がありますが、

それについて詳細に理解できているとは言えない私ですが、

渡邉大将という人が、どのような人だったのか?ということを

章姫なりの視点で(偏っていますが)書いていきたいと思います。





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