陸軍士官学校第8期生。

渡辺錠太郎大将は、明治28(1895)年7月に、念願の陸軍士官学校生徒となりました。


同期生で有名なのは、林銑十郎大将(のち首相にもなる)です。

林さんは、渡邉さんを初めてみたのが、陸士の試験場だということです。

林さんは旧制第四高等学校の補充科を中退しての士官学校入校でしたので、

金ボタン付きの学ラン姿で受験をしたのです。

他の受験者もそういう人が多かったようです・・・。

何と言っても「エリート校」ですから。

そんな中にたった一人

紺がすりに袴姿の朴訥然とした」男がいたそうです。

ちょっと特異な感じがするなぁと思われたようです。

林さん自身が陸士に合格し、合格者だけが一堂に集まったときに

何とその、「紺がすりに袴姿」もいたのでびっくりした、らしいです。

その男こそ、他ならぬ渡辺錠太郎だった、ということでした。

この林さんと渡辺さんが、陸士8期生の中で最後まで現役として残ったのでした。


ともあれ、この7月から軍学校の生徒となるのですが、

ショックとかなかったのでしょうか?


規律厳粛、諸事の行き届いていることは予想外で、心気爽然


ということでした。


ちなみに山下奉文さんは、広島幼年学校からの入校でしたが、

思ったより楽な学校」と感じたらしいです。


・・・こういう人もいるんだなあと思いました。


ところで、渡辺さんは入校して、第二中隊第一区隊に編入しました。
その時の区隊長が、宇垣一成(のち大将、陸相、参議院議員)さんでした。

渡辺さんが大変だったのは、「時間がない!」ということでした。

朝5時に起床して、午前中はタバコもすえないほどの忙しさで

「目から火が出る思い」をしていたそうです。


さらに、午後からの自習時間では、つい居眠りして、罰せられる者もいたという。


軍学校の居眠りは、世界共通らしいですね・・・。

http://www3.ocn.ne.jp/~y.hirama/yh_ronbun_senngoshi_uta_boudai.html

> 居眠りは、訓練や体育が重視され、 欠席が職務放棄と厳しく罰せられるために生じる
軍学校特有の現象で、(中略)
この現象は旧軍も列国の士官学校も同様で、話題がこの授業中の居眠り問題となると

洋の東西、 社会体制を問わず共通の悩みを持っており議論に熱が入る。しかし、 名案はないようだ。

と平間先生が語っていらっしゃいます。


そんな時間に追われる日々の中、日曜には外出して、東京見物を楽しんでいたようです。


麹町・赤坂・青山、そして、上野動物園やニコライ堂などにも足を延ばして

しっかり学生生活を楽しんでいたのだそうです。

小生の如き田舎者には、実にシャックリの止まる事ばかりに候


とのことでした。

ニコライ堂なら、私も行ったことがあります。

美しい建築ですよね~

画像



参考文献 

郷土の偉人渡辺錠太郎 (1977年)
岩倉渡辺大将顕彰会

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注:私が参考にしたのは、1998年に増補・訂正された版です。






















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