テーマ:歴史

Photoshop CS6にハマってます!

最近、更新がなかなかできないです・・・。 本来ならばしっかり歴史を勉強しなきゃですが・・・。 最近は、5月31日まで無料の「Photoshop CS6」にハマってます。 http://www.adobe.com/jp/joc/photoshop/photoshop/ps6beta/ (ここからダウンロ…
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武藤章中将の平家物語観

中々更新できないでおりました。 内容的にも勉強不足だなあと思い、 ついつい、横道にそれてしまうのです と、最初に言い訳をしておきます。 皆様は、今回の大河ドラマをご覧になられているでしょうか? 私は、実は「見ていません」 テレビがないからです
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荒魂(アラミタマ)

これはある昭和受難者の辞世です。 この方です。 近藤新八・陸軍中将(第130師団長。陸士28期。陸軍大学校第41期)です。 この方は、次のような「説明」をつけておられます。 説明 私は死んで仏になり極楽に行く、 或は死んだら父母の許に帰るといふ様な 通り一遍なことは毛…
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旧・高島鞆之助中将邸は無事でした。

http://news.livedoor.com/article/detail/5815501/ >27日午前0時55分ごろ、東京都千代田区の上智大のキャンパス内で、研究室などが入った建物「クルップ・ホール」地下部分の電気室から出火、電気室の一部を焼いた後、東京消防庁に消し止められた。  火災発生当初、同大では明治期の建築物…
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救援活動中に死亡の自衛官を葬送…旭川駐屯地

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20110403-00478/1.htm このたびの災害派遣中に、陸上自衛隊旭川駐屯地から派遣されていた 50代の曹長(准陸尉に特進)が殉職なさいました。 その方のお名前などはまだ発表がないので、何とお呼…
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再訪・江戸川水閘門

今日は、「江戸川水閘門」(えどがわすいこうもん)に再び行ってみました。 再び・・・というのは 実は東日本大震災の日にお世話になった場所(の一つ)として 私の中で印象があった場所だったのです。 大震災の日。 私は勤務先にいました。 今まで体験したことのない揺れ…
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陸軍士官学校第8期生。

渡辺錠太郎大将は、明治28(1895)年7月に、念願の陸軍士官学校生徒となりました。 同期生で有名なのは、林銑十郎大将(のち首相にもなる)です。 林さんは、渡邉さんを初めてみたのが、陸士の試験場だということです。 林さんは旧制第四高等学校の補充科を中退しての士官学校入校でしたので、 金ボタン付きの学ラン姿で受…
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文学博士。

今日も、渡邉錠太郎大将ネタです。 渡辺大将は、「文学博士」とあだ名されていました・・・。 これは褒め言葉と思いますか? 私は、むしろ「敬遠」されていたことを示すのではないかなあと思います。 この方は、とにかく「学ぶことが大好き」でした。 軍人としての俸給の何割かを、丸善への支払いに充てていたといわれ…
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苦学力行の天才。

渡辺錠太郎大将とは、どのような人であったのか? 額田坦・陸軍中将(元陸軍省人事局長。渡辺さんが陸大校長の時の学生)は 「苦学力行の天才。兵学、世界観ともに現代を超越した名将」 と言っています。 また、渡辺錠太郎大将夫人・すず子さんは 「エピソードの少ない人だった」 …
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雪の朝に起きた一つの悲劇

今から75年前のある雪の朝、 この邸宅で悲劇が起こりました。 『平成20年度特別展 二・二六事件の現場』より 「突然門をはげしくたたく音に目をさますと、 隣の床に寝ていた父は、つと身をおこして押し入れからピストルを取り出し 『和子はお母さまのところへいっておいで』 といった。 …
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教育総監部の「スタンプラリー」

私が日頃ご教示いただいている方の一人「うさぎの耳」さまのブログ 「航空自衛官になりたい人」のこの記事には 自衛官の日常がどのようなものかが紹介されています。 http://koukuujieikan.seesaa.net/article/173319863.html 自衛官もまた、日本国家の行政機関の一つとし…
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陸軍第四師団司令部庁舎跡

明けましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくご指導くださいますよう よろしくお願い申し上げます。 さて、次の写真をご覧くださいませ 「第四師団司令部庁舎跡」です と、ある元自衛官の方に写真を見せたら 「第4師団って?それって…
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鉄道連隊の営門

皆さま、随分ご無沙汰しておりました。 更新しようと思いつつも、サボってしまっておりました。 今年も本当にあとわずかですが・・・。そして来年こそは心を改め 更新できるよう勉強していきたいと思っております。 さて、昨日夜、寒空の下ふらついていたところ、 元、鉄道第二連隊の営門だった場所がきれ…
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武藤章・軍務局長の部下あつかい

武藤章・軍務局長(少将~中将時代)は、どのように部下に接していたのでしょうか? 武藤さんが軍務局長に着任した時の挨拶の中に 「私は時に暴言を吐きます。 だがしかし他意があるわけではないので覚悟してもらいたい」 といったのだそうな。 「陸軍省軍務局」とはどのような部署でしょうか…
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ブルーノ・ガンツ氏のヒトラー観

『ヒトラー・最期の12日間』でヒトラー役を演じ、特に逆切れシーンは Youtubeなどで様々なパターンが作られるほど、忘れられない存在となった ブルーノ・ガンツ氏。 彼はスイスに生まれ、19歳で映画デビューした俳優さんです。 よく、「ドイツ人が演じたヒトラー」と言われていますが、 彼は「ドイツ語を話す人」であって、 ドイ…
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ヒトラーを演じたスイス人俳優・ブルーノ・ガンツ氏

この人は誰でしょう? 映画「バルトの楽園」の時に、ドイツの青島総督であった ハインリッヒ少将役を演じられてもいました。 日本陸軍の軍服を着た俳優さんは、松平健さんですね。 しかし、それ以上にインパクトがあるのが、 この動画でしょう! 本当にYoutubeを見ると、いろんなバージョン…
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新年のご挨拶にかえまして

新年明けましておめでとうございます。 昨年からこのブログを書き始めましたことで、 私自身も日本の歴史(特に近現代の軍事史)について、 これまでとは違った視点で見ることができつつあるかもしれません。 これは、ブログにコメントをくださる方、 そして研究会などで声をかけて下さる方々のご教示のお陰です。 本当に感謝申…
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「あまり気にしないで下さい。これでいいんですよ。」

今から60年前の今の時間 私のハンドルネーム(章姫)に一字頂いている方含め、7名の方々は、 自身の死とちょうど直面されていたのでは?と思います。 私自身が武藤章中将と出会ったきっかけは、熱海にある伊豆山神社のついでに 興亜観音へと足を延ばしたことだったかもしれません。 (ここに「A級戦犯」として処刑された方の遺骨が一時…
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山下家の男子

前々回のエントリーで、山下奉文大将をはじめとする、山下家の男子の強い信念について 改めて気付かされました。 山下家は、山下奉文大将とその兄・奉表(ともよし)海軍軍医少将という 二人の将官を出しているので、さぞ裕福だったかのように思われる方もいらっしゃるのではと思います。 しかし、山下大将は、高官でありながら、金銭的には苦しい…
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軍人ゆかりの場

これまで、旅先などで撮りだめしていた写真の中で 何らかの形で、軍人さんたちと関わりのあった建築物を 動画にしてみました。 なお、この動画のバックの音楽は、「あえてゆったりめ」(個人的には軍歌調の 元気な感じの曲よりも、ヒーリング系やクラシックの方が好み。クラシックも、行進曲よりも 聖歌系の音楽が好きです。心が落ち着くからで…
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大将となるにも―宝塚歌劇団TCAスペシャル2000より

前回に引き続き、宝塚歌劇団ネタです。 これまた偶然でしたが、先日、このビデオを安く入手することができました。 TCAスペシャルとは 宝塚音楽学校に入学し、自衛隊の訓練も受け 無事卒業し、わりとファンが多い生徒(歌劇団員のことをそう言います)が出演する 年に一度のお祭りのようなもの、らしいです。 特にこ…
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田母神論文騒ぎ

今日は、章姫の「父」とも慕うある方から、素晴らしいプレゼントをいただきました。 それは、 田中賢一氏「田母神論文騒ぎ」(『騎兵十四聯隊会報』)のコピーです 田中賢一氏は、御年九十歳にして、いまだ車を運転され、執筆活動もされているという 陸上自衛隊の空挺団のご出身で、しかも旧…
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山下奉文大将、教誨師との対話

前回、前々回の記事においては、山下奉文大将自身が、 日本国民に対して伝えようとした言葉について書きました。 この言葉を言い終えた山下大将は、 「言いたいことは全部言い切った」という安堵感があったと思います。 その後、森田正覚教誨師と語り合うのですが、 この対話は、当事者である山下大将も、森田教誨師もつらかっただろうと思…
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山下奉文大将、最期の言葉…その2

前回の続きになります。 以下、山下大将の語った言葉になります。 「私は死に臨んで、今や蘇生せんとする日本の皆様に言いたいことが4つあります。  聞いていただきたい。  その第一は、義務の履行ということであります。  この言葉は古代から幾千の賢哲により言い古された言葉であります。  そしてまた、この言葉ほど実践…
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山下奉文大将、最期の言葉…その1

山下奉文大将は、今から63年前の今日 フィリピン・マニラ郊外のロス・バニオス刑場において絞首刑となりました。 執行直前に山下大将が国民に伝えたいと思って、教誨師・森田正覚氏を 相手に、以下のような言葉を残しています。 ※出典:森田正覚著・佐藤喜徳編『ロスバニオス刑場の流星群』芙蓉書房 1981より      かなり長い…
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武藤章中将著『比島から巣鴨へ』が文庫になって発売!

武藤章中将は、山下奉文大将が処刑されてしばらくは マニラにいましたが、1946(昭和21)年4月9日に 東京裁判の被告として巣鴨へと移送されました。 そうして、さらに2年以上も、裁判を受け続けることになりました。 その間、武藤中将は、膨大な手記を書き続けます。 巣鴨プリズンの薄暗い部屋で、 資料もなく、ひたすら自分の…
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山下大将と武藤中将のコンビ

章姫が一番好きなコンビです お二人とも、「戦争犯罪人」として裁かれ、 刑場の露と消えてしまいました・・・。 奇しくも今日は山下大将の命日です(昭和21年2月23日)。 山下大将の他に、マニラの憲兵隊長であった大田清一大佐と、 通訳であった東地琢磨氏も処刑された日でした。 心よりご冥福をお祈り…
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戦争の呼称について

1945(昭和20)年8月15日に、日本がポツダム宣言を受諾したことによって 停戦を迎えたこの戦争についての呼称は、以下の4つが 多く使われているように思います。 ① 「大東亜戦争」    1941(昭和16)年12月12日に閣議決定(首相:東條英機)されて、    使われるようになった呼び方。 その第一項…
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章姫なりの「歴史の見方」

最近は、何かと歴史認識についての議論が多いです。 特に戦争関係において・・・。 章姫は、歴史の見方はいろいろあるものだと思っています。 また、いろんな立場からの史料・資料にあたり、中立の立場を 心がけることは大切なことだと思っています。 しかし、そのことには限界もあることを認めないといけないと思います。 それは、同じ史料…
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初めまして

初めまして 天奉院章姫(てんほういん・あきひめ)といいます。 よろしくお願い申し上げます。 ハンドルネームの由来ですが・・・。 山下奉文(やました・ともゆき)陸軍大将(1885-1946)と 武藤章(むとう・あきら)陸軍中将(1892-1948)から一字ずついただき、 院号を頂いた女性(夫を亡くしたりして切り髪姿とな…
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