テーマ:渡辺錠太郎

謹厳実直。

近藤新八中将を一言で表現するなら 「謹厳実直」かなあと思いました。 この人の軍歴を見ていくと・・・。 近藤中将の簡単な軍歴です 陸軍大学校を軍刀組の次点で卒業し、歩兵学校に配属されたけれど、 新京と奉天で憲兵隊長の経験もある。 特に憲兵科に行ったということでもなさそうですが…
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救援活動中に死亡の自衛官を葬送…旭川駐屯地

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20110403-00478/1.htm このたびの災害派遣中に、陸上自衛隊旭川駐屯地から派遣されていた 50代の曹長(准陸尉に特進)が殉職なさいました。 その方のお名前などはまだ発表がないので、何とお呼…
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陸軍士官学校第8期生。

渡辺錠太郎大将は、明治28(1895)年7月に、念願の陸軍士官学校生徒となりました。 同期生で有名なのは、林銑十郎大将(のち首相にもなる)です。 林さんは、渡邉さんを初めてみたのが、陸士の試験場だということです。 林さんは旧制第四高等学校の補充科を中退しての士官学校入校でしたので、 金ボタン付きの学ラン姿で受…
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文学博士。

今日も、渡邉錠太郎大将ネタです。 渡辺大将は、「文学博士」とあだ名されていました・・・。 これは褒め言葉と思いますか? 私は、むしろ「敬遠」されていたことを示すのではないかなあと思います。 この方は、とにかく「学ぶことが大好き」でした。 軍人としての俸給の何割かを、丸善への支払いに充てていたといわれ…
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苦学力行の天才。

渡辺錠太郎大将とは、どのような人であったのか? 額田坦・陸軍中将(元陸軍省人事局長。渡辺さんが陸大校長の時の学生)は 「苦学力行の天才。兵学、世界観ともに現代を超越した名将」 と言っています。 また、渡辺錠太郎大将夫人・すず子さんは 「エピソードの少ない人だった」 …
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雪の朝に起きた一つの悲劇

今から75年前のある雪の朝、 この邸宅で悲劇が起こりました。 『平成20年度特別展 二・二六事件の現場』より 「突然門をはげしくたたく音に目をさますと、 隣の床に寝ていた父は、つと身をおこして押し入れからピストルを取り出し 『和子はお母さまのところへいっておいで』 といった。 …
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