武藤参謀長の「葡萄酒」

今日はカトリックにおいては「復活の主日」にあたるということで、
各地の教会では盛大なごミサが捧げられていることと思います。

このミサの起源は、今から2000年以上も前のこと

キリストが十字架に磔となる前に、パンと葡萄酒を用い、
自分をいつまでも記念するように定められた弟子達との「最後の晩餐」です。

「イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。
『これを取り、互いに回して飲みなさい。
言っておくが、神の国が来るまでは
わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことはけっしてあるまい』
 
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてそれを裂き、
使徒たちに与えていわれた。

「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。
わたしの記念としてこのように行いなさい」
(「ルカによる福音書」22.17-19節)

葡萄酒は、キリストの「血」を現すらしいです。


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私は洗礼を受けておらず、
たまにカトリックでのごミサに与るという関わりなので、
実のところあまり詳しくないです。

ともあれ、本日はキリストの「復活の主日」ということで、
それにちなみ?!
(軍部に嫌な感情を抱いている方、どうか、私の無知と配慮のなさをお許しください。)

武藤章中将の「葡萄酒」ネタについて書きたいと思います。


この話は、武藤章中将が、第十四方面軍参謀長時代の話です。

武藤章中将の部下に、渡邊博少佐という参謀がいました。

この方は、レイテ決戦(昭和19、1944年10月~)
最中の多忙を極めていた中に山下大将率いる第14方面軍参謀として着任しました。

少佐の参謀だから、当時はまだ30代の若さでした。
陸士46期、陸大56期卒なので、
あの「マッカーサー参謀」と言われた堀栄三参謀と士官学校時代同期生でした。

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堀 栄三

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堀参謀は、大本営に引き抜かれてしまったけれど、渡邊博参謀は、ルソン島にいました。

軍司令部がバギオから撤退後は、主に宇都宮直賢・参謀副長
(この時は身体の自由を失い、動けなかった)とともにバギオ指揮所の一人として残り、
武藤参謀長とは行動を別にしていたとのことです。

昭和20(1945)年6月8日、宇都宮参謀副長一行は
バヨンボン西方の麓に戦闘司令所を設置しようとするも敵が殺到してきたので、
山地に身をかわして一命を取り留めました。

その後ゲリラに取り囲まれながら、イモを齧り、
夜は道のない密林中をとにかく北へと進んだとのこと。
とにかく昼は寝て体力を維持し、敵から身を守るだけで精いっぱいだったとのことです。

宇都宮参謀副長一行が、武藤参謀長に再会できたのは7月7日。
このころ、渡邊参謀は、赤痢で倒れてしまいました。
もはや、意識も失っており、助からないでしょうと、軍医さんが武藤参謀長に報告しました。
7月中旬ごろのことです。

その報告を聞いた武藤参謀長は・・・・。

何と、険しい坂をよじ登って渡邊参謀を見舞いに行ったのです

フィリピンの山岳地帯は、日本のそれとは違い、稜線が一直線な上、
雨季だと人ひとりがようやく通れる深い溝になっているものです。

だから武藤参謀長自身の体力も、坂をよじ登ることでどれだけ消費してしまうことか

それでも敢えて部下参謀のために見舞いに行った・・・

しかも、酒好きで、バギオにいたころ酔っぱらって大声で放歌して
山下大将から
命は大切にせい!」と
怒られていた渡邊参謀のため、

とっておきの「葡萄酒」を、そっと彼の口に「死に水だ」といって含ませたそうです。

その後奇跡的に息吹き返したときに、武藤参謀長のしてくれたことを知った渡邊参謀は、
涙が止まらないほどだったとのことです。
私もこの話を知ってはいたものの、今回書いていて、思わずもらい泣きしてしまいました。

この渡邉参謀。戦後陸上自衛隊に入り、第一師団長、
中部方面総監(1969.7.1 - 1971.7.1 
伊丹駐屯地。なお、この役職経験者には、軍事評論活動でも有名な、松島悠佐陸将や、
現在の統合幕僚長・折木良一陸将、陸上幕僚長・火箱芳文陸将などがいらっしゃいます)
を歴任し、陸将で退職されました。

・・・ということは、武藤参謀長の「葡萄酒」の恵みを受けて、息を吹き返しただけでなく、

戦後の陸上自衛隊・我が国の国防のために尽くした方と言えると思います

渡邉参謀は、武藤参謀長をとても尊敬しており、
「軍司令部の和の中心だった」

「ぴったりと呼吸の合った山下軍司令官と武藤参謀長の姿に接し感銘を深くした。
これぞ司令部団結の根源だった」

イライラして責任の重圧に気の休まる暇もない
山下軍司令官に寄り添って輔佐される参謀長の姿は、
神様のように見えた


とまで書き残しています。

参考文献

軍務局長武藤章回想録
芙蓉書房出版
武藤 章

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