救援活動中に死亡の自衛官を葬送…旭川駐屯地

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20110403-00478/1.htm


このたびの災害派遣中に、陸上自衛隊旭川駐屯地から派遣されていた
50代の曹長(准陸尉に特進)が殉職なさいました。


その方のお名前などはまだ発表がないので、何とお呼びしたらよいか
わかりません(本来ならば、発表してほしいと思います。殉職された
警察官もすぐお名前がわかるので)。

ご冥福をお祈り申し上げます。


この上の記事には、殉職なさった陸上自衛官の葬送セレモニーが
彼の所属していた旭川駐屯地で実施されたということが
書かれています。

この方は、第二特科大隊に所属なさっていらした方なのだそうですが、
この大隊はどのような任務にあたっていたのでしょうか?


陸上自衛隊旭川駐屯地HPより

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/

「東北地方太平洋沖地震における第二師団の活動状況」より

画像



陸上自衛隊の第二師団隷下の大隊で、主に災害救難活動を任務としている
ように見えます。
特に東日本大震災においては、岩手県宮古市田老地区などの捜索を担当されていた
ようです。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110401-00000195-jij-soci


によると


>陸自によると、曹長は小隊長を務めており、地震発生翌日の先月12日に旭川市を出発。
岩手県北部の沿岸部を中心に、当初は行方不明者の捜索やがれきの除去、
最近では、隊員の食事管理などの後方支援業務に当たっていた。
 30日からは同県滝沢村内の国立宿泊施設で、派遣後初めて休養を取っていたが、
31日朝に不調を訴え、救急車で盛岡市内の病院に運ばれた。 


とありました。

本当に不眠不休の中で約半月後にようやく休養がとれたという厳しい状態が
伝わってきます。


私も、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」などで元自衛官の方からお話を伺う機会が
あります。それもかなりリアルに。
それでようやく自衛隊の置かれている厳しく、またどうにもならない状況を平時から知ることが
できますが、とりあえず話を受け止めるだけの理解しかできないのです。

よく、自衛隊の人数を削減云々と書いてある記事を見ますが、
それ以前に、「本来ならば数名で担当すべきところを、一人で何役も」ということが
ずっと続いているのだそうです。

それは陸上だけでなく、海上、航空も。


殉職された陸上自衛官の方に、第二特科大隊の歌の動画を
捧げ、冥福を祈ります。



ところで第二師団は北海道なの?と思ってしまう私なのですが、

それは、陸軍時代は第7師団といえば「旭川師団」のことをいい、
渡辺錠太郎さんも中将時代師団長を務めていた師団だったから
どうも、そのように感じてしまうのです。
師団の番号こそは変われど、旭川に師団が出来てからの伝統は何かのかたちで
続いていっていることを願います。


最後に、防衛省では因果関係を調査しているとのことですが、
どうか責任を現場の指揮官に押し付けたりすることがないように
お願いしたいです。

私の「師匠」、因幡の白兎さんがブログで取り上げているように

http://blogs.yahoo.co.jp/jp6gfa/35936307.html


>「改めて法律を調べたら内閣総理大臣は自衛隊に対する最高の指揮監督権を有していた。」
これは8月19日に自衛隊のトップである統合・陸海空4幕僚長との
首相官邸で初めて意見交換したときの挨拶の管首相発言である。

これは社長が社員の前で
私が社長とは知りませんでした。したがって会社のことは全く判りません。」

と同じ事を発言しているに等しい。

ということが一番の原因であると、私は思います。



この記事へのコメント

うさぎの耳
2011年04月06日 10:25
章姫さま おはようございます。

殉職された准尉殿のご冥福を心からお祈り致します。敬礼

特科大隊なら陸軍で言う砲兵部隊だと思います。戦場の女神と言われる火砲を扱う部隊です。

祭祀や名誉、そして金銭などの礼遇について、政治として考えてこなかったのは残念ですね。今までは礼遇ならぬ冷遇でした。

自衛官の礼遇を真剣に考えないといけませんね。

※トラックバックさせてもらいました。
2011年04月08日 23:19
うさぎの耳さま
こんばんは

本当に今回の地震を契機に、今後予想される国際関係上の事案も含めて、自衛官の名誉をどうするのか考える必要があると思います。

活躍の場が増えるということは・・・ですから。(もちろん、今回の地震において危険な業務に関わり心身とも疲弊された方々に関しても同様)
>特科大隊なら陸軍で言う砲兵部隊だと思います。戦場の女神と言われる火砲を扱う部隊です。

初めて知りました。
特科大隊と言われると「特科って何?」ですし、「普通科連隊」と言われると、高校の普通科のようなとらえ方をしてしまう私です。
軍事に対する冷静な共通理解があれば、そんな呼称をしなくともいいはずだと思います。
そして、私自身この記事を書くにあたり、初めてこの大隊を知った次第です。
砲兵が「戦場の女神」と言われていたことは初めて知りました。
こういう言葉を受け止めてみて、思いめぐらしてみる機会が少ないですね。
そういう理解をしていけば、言葉遊びにならない軍事理解ができるはずだと信じています。

2011年04月16日 23:12
章姫様の知的提供に敬意を表することを惜しまない者でございます。
『篤姫』の田渕女史の言葉は、わたくしが現代日本の文学上の潮流として見つめる「女性」の存在を説明してくれました。現代日本の文学の「男性」はどうもおかしくなっているのに。居場所がないんだそうな。女は”与えられた運命から逃げず、どんな波乱も受け入れ、自分の意思を貫い”ているのに。男の人でも、たとえば、大して有能でもないのに、企業再建に向けて、寝食を惜しんで働いて、結果は敗れても、自己の可能性を拡大させた、そんな文学であれば、わたしは讃えるですがね。
『江』もよい。あまりに創作が過ぎる批判が寄せられているとか。物語をわかっていないと思われる。これでいいのに。大体、日本文学史上、中世末期の戦国絵巻は、司馬遼太郎の手によりいったん完成を見てしまった。あなたの戦国を存分に語れと言いたい。
わたしは「自衛隊」なるタームに言いたくても言えないもどかしさがたくさんありました。何も憲法9条を論じたいのではない。某旧政党がごとき違憲論議など参加する気もない。ただ単純に、心情論として、わたしはこう思っていたのです。一朝事が起きた際にわたしは戦場なんぞ行きたくない。しかし、一方で、命を的に国防する人たちがいるのである。だったら、やつらを敬え。
戦争はいけないんだそうでる。あたりまえである。流さなくていい血が流れる愚行。その愚行への否定が、文学になるとなぜかくも平板になるのか。わたしの常々の疑問なのです。偉大なる山崎豊子の手になる大作でもそれは免れません。
わたくしナツオの『軍人』論への出発点はこんなです。これをさらに進めてみるのに参考になる教材を、本日、発見できました。ありがとうございます。以後、どうぞご教授いただければ幸いと存じました。
”歴史とは何か”という、わたくしのかねてよりの問いの参考教材にもできると考えました。
2011年04月17日 15:19
ナツオさん
こちらへのコメントありがとうございます。
そしていつも応援してくださってありがとうございます。
何だか軍事について冷静に考えられるような雰囲気が少ないように私も思っていました。
でも軍事について、たとえ自分が経験していないとしても(していたとしても、自分の職域には詳しいが全体として把握は難しいと思う)、受け容れてみようとする努力は必要ではないか?と日々思うものです。確かに自分の思っていたことを受け容れるのには時間がかかります。それをいろいろな方向から思いめぐらして自分なりに理解していくことが必要ではないか?と思うのです。マスコミの言葉がきっかけかもしれないけれど、その言葉さえも乗り越えようとする努力が必要だと。・・・軍事を理解することは、歴史、人間を理解することとと信じ、少しずつですが頑張ります。

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