テーマ:山下奉文

「停戦」日

中々ブログを更新できませんでした。 資料を目の前にしても、「あーでもない、こーでもない、 わからない!」 となることが多くて、中々やろうと思っても放置状態が続いておりました。 本日は、マスコミなどで「終戦記念日」とかいわれています。 私は、山下大将や武藤中将と「おつきあい」させていただくようになってから …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

山下家の男子

前々回のエントリーで、山下奉文大将をはじめとする、山下家の男子の強い信念について 改めて気付かされました。 山下家は、山下奉文大将とその兄・奉表(ともよし)海軍軍医少将という 二人の将官を出しているので、さぞ裕福だったかのように思われる方もいらっしゃるのではと思います。 しかし、山下大将は、高官でありながら、金銭的には苦しい…
トラックバック:0
コメント:10

続きを読むread more

幼稚と純粋は紙一重①―指揮官の物の見方とは?

前回、ご紹介した田中賢一氏の文章の中に 「幼稚と純粋は紙一重」という言葉がありました。 私はこの言葉によって、やっと「田母神論文」の意義がわかったように 思いました。 田母神空将は、学者ではなく、 指揮官としてあの文章を書かれたのだとおもいます! 彼は、常に航空自衛隊の隊員5万人の命を預かるお立場だったのです。 …
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

山下奉文大将、教誨師との対話

前回、前々回の記事においては、山下奉文大将自身が、 日本国民に対して伝えようとした言葉について書きました。 この言葉を言い終えた山下大将は、 「言いたいことは全部言い切った」という安堵感があったと思います。 その後、森田正覚教誨師と語り合うのですが、 この対話は、当事者である山下大将も、森田教誨師もつらかっただろうと思…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

山下奉文大将、最期の言葉…その2

前回の続きになります。 以下、山下大将の語った言葉になります。 「私は死に臨んで、今や蘇生せんとする日本の皆様に言いたいことが4つあります。  聞いていただきたい。  その第一は、義務の履行ということであります。  この言葉は古代から幾千の賢哲により言い古された言葉であります。  そしてまた、この言葉ほど実践…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

山下奉文大将、最期の言葉…その1

山下奉文大将は、今から63年前の今日 フィリピン・マニラ郊外のロス・バニオス刑場において絞首刑となりました。 執行直前に山下大将が国民に伝えたいと思って、教誨師・森田正覚氏を 相手に、以下のような言葉を残しています。 ※出典:森田正覚著・佐藤喜徳編『ロスバニオス刑場の流星群』芙蓉書房 1981より      かなり長い…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

山下大将と武藤中将のコンビ

章姫が一番好きなコンビです お二人とも、「戦争犯罪人」として裁かれ、 刑場の露と消えてしまいました・・・。 奇しくも今日は山下大将の命日です(昭和21年2月23日)。 山下大将の他に、マニラの憲兵隊長であった大田清一大佐と、 通訳であった東地琢磨氏も処刑された日でした。 心よりご冥福をお祈り…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

初めまして

初めまして 天奉院章姫(てんほういん・あきひめ)といいます。 よろしくお願い申し上げます。 ハンドルネームの由来ですが・・・。 山下奉文(やました・ともゆき)陸軍大将(1885-1946)と 武藤章(むとう・あきら)陸軍中将(1892-1948)から一字ずついただき、 院号を頂いた女性(夫を亡くしたりして切り髪姿とな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more