テーマ:遺書

ある「昭和受難者」の最期④ 最初の苦悩

第一號・山口亘利憲兵大尉がオランダ軍の軍事裁判により死刑判決を受けたのは、 昭和23(1948)年2月18日のことでした。 判決を受けた山口憲兵大尉は、「自分の命はあと2カ月だろう」と思い、 独房に入るや、隠し持っていた鉛筆で 奥さんに宛てた遺書を書き始めました。 「愈々(いよいよ)此の世から永久にお別れせねばならない…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

ある「昭和受難者」の最期③ 六人の死刑囚

再び、「昭和受難者」シリーズに戻ります。 では、前田大尉は「戦犯死刑囚」としてどのような生活を送っていたのでしょうか? その前に、この「六人の戦犯死刑囚」について、お一人ずつご紹介したいと思います。 出典:南不二夫『戦犯 六人の死刑囚』(飛鳥書店 1953)より 戦犯六人の死刑囚 (1953年)飛鳥書店 南 不二…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ある「昭和受難者」の最期②

前回のエントリーでは、前田利貴・陸軍大尉が、最期の数カ月をともにした 人たちに宛てた遺書を紹介しました。 しかし、この遺書は、前田大尉が「自分がどのように死んでいくか」を 後に続く人たちのために残したものであり、 この遺書の文中にある「遺書・遺髪の送付」の「遺書」とは別のはずです。 最初に、肉親に宛てた遺書(これも『世…
トラックバック:1
コメント:13

続きを読むread more

ある「昭和受難者」の最期①

今から61年前の今日9月9日。 ティモール島クーパンというところで、 オランダ軍による軍事裁判によって死刑判決を受けた 我が国の二人の軍人が刑を執行された日です。 いわゆる「戦争犯罪人」ということで・・・。 ポツダム宣言受諾後、 「第10項 われらの俘虜を虐待した者を含む一切の…
トラックバック:1
コメント:8

続きを読むread more